ひまじんのいまじん(仮)

息抜きに呟いています。テーマが一貫していません。加筆修正ばかりします。

大体2週間のうちに思ったことなどの記録

(2021/03/11更新)


夢:2人1組で一緒に課題を進める。その過程の初っ端、最初に好きになる。いきなりこれほどラフに接してくれるなんて。受け入れてくれるなんて。気になる。2人で進める課題は今日はもうないのに、余計に彼女といたい気持ち。放課後、別の男とPC室で打ち合わせか何かをしているのがブラインド越しに見える。圧倒的嫉妬。私は向こうの都合も考慮せず、欲望に押し出されるかたちで、部屋の管理担当の武田真一先生に余計を言って、打ち合わせを一時的に妨害する。トレース紙。トレース紙を置くトレー。トレース紙に穴開けパンチで穴を開ける先生。私のを扱うときだけ紙に穴を開ける必要があるのを既に知っていて、それをハッキリ面倒とまでは言わないが、愚痴にも受け取れるような口ぶりで私と話しながら、パンチで穴を開ける先生。ただしその愚痴らしい発話は私への嫌がらせや報復行為といった類いでは一切なく、一貫して彼はいつも通りに優しさを湛えている。こうして文字に起こしていると、以上が私のただの思い込みかもしれないことが分かり、すると怖い。
閑話休題、先生がPC室に入る。気付く彼女と男。先生は動きながら彼女に私の案件であることを口にする。廊下に出る側のドアを開ける彼女に、教室ではなく廊下で待機していた私は意図せず対面する。なぜ廊下で待つことにしたのかと言えば、考えれば煩悩に単純で、ブラインド越しに確認できる彼女を見続けていたかったのと、その場から姿を見られない教室に動く動機が見当たらなかったのとの2つ、他ならぬ情欲と怠惰が理由である。
おーどうした的な導入句で話しかけてくれる彼女に、不意を突かれた私はどぎまぎする。なんと返したかは覚えていない、しかし疑問に対する応答としては全く機能しない返事だったことは、いまだに残る後味から容易に想像できる。事実、彼女はどぎまぎを察したように、その返事の無意味さを指摘するでも疑問の解消のために再び聞き返すでもなく、発言を詮索しないまま自然と会話の収束に向けてドリブルしていった。会話のフェイズが終了し、彼女は自然に元来たドアから部屋に戻る。このとき私は、彼女に自分の恋心を悟られたと思う。私はこれまでにとったことのない行動、つまり次回会うときにでも、早々に彼女に対して自分が彼女を好きな気持ちを明らかにしようという選択肢が頭をよぎる。これは普通ではない、だからこそ正攻法では厳しいに違いないと思う私が起こせる、奇跡的な好転へのきっかけになるのではないか。そう考えるも、保守的な人間、恥ずかしさや異常行動から通常導かれるはずの失敗が怖い。こういう思考の原因には、その怖さを怖がることに慣れているという面も多少はあるだろう。慣性に埋没するように、私は今しがた頭に浮かんだ選択肢に、今にも見えないように、何も考えなかったように砂をかけている。
Aマッソ加納。「彼女、モテるな〜」と心で呟きながら、今から私もその大群の一員になるのをやめることはできないのを、その圧倒的に高い壁=理性的に把握する自意識を前に、自覚する。



耐えることばっかに慣れて、最早手近な忍耐を欲していさえする。いかに。



私は一生成功体験および失敗の記憶=トラウマから逃れられないのか。トラウマとは例えば、ひとたび生活水準を上げると、以降それ以下にはできなくなりがちな性。



なぜ資本主義最前線の株式会社間の戦争が戯画化されないのか。今時すぎなのか。戦争はキラーコンテンツだろ?



アニメで、人物が照れる描写に、両頬上部の横長の範囲にピンク色が浮き上がる表現が使われることがあるのだが、私はあれが苦手だ。これはなぜかを考えた率直な思考の履歴を以下に文字起こしする。
直接的に見えるというか、言ってしまえばアニメらしい表現として共有されるコードの一つなんだと思うんだけど、何せわざとらしい。実際あんな顔にはならないじゃん。現実世界にある人間関係の機微(恋愛感情や愛情)を架空の物語、完全な人工物たる架空のキャラに見出すのに、そのやり方は安直すぎなのではないか、とどうしても頬上が赤らむ表現を寒がってしまう。「ほら、推しが照れてまっせ、可愛いやろ」の押し付け、言い換えれば界隈を満足させるいかにも内向きなネタとも受け取れてしまうのがキツい。またそもそも恋愛ドラマが得意でない性格も、この反応に影響しているとみられる。こういうわけで反射的にうっ、となるんだろう。
こういうの見ると恥ずかしくなるのは私だけだろうか。目を背けてしまうやつ、共感性羞恥とか言った。



2021/03/06、彼に30年後の自分をみるようで、変化へ駆り立てる。その点で彼の存在は私のショックだ。
◯隣人に電話口で愚痴を漏らす。
◯何か日常でつまずくと、「どうすればいい、どうすればいい」と実際に口に出してどうすればいいかを決めかねる。地団駄を踏む。
◯耳が悪く声が大きい。



手紙文学
手紙を書く要領で、手紙の文体で身の上を記す
一作品の一部を担う(ex.安部公房『他人の顔』に出てくる手紙or日記の一部としての作品。ユニバース型作品を勝手に始める。)



その業界の原理それ自体を愛す(ex.俳優なら役者業(≠ファッションモデルやテレビタレント業、バラエティ番組の立ち回り)、陶芸家なら陶芸すること)人は、色んな人がいればいるほどその中で比較的推される



ある事象がなぜ正しくてなぜ間違いなのかを集合知に頼らず自分の脳内だけで導ける対象であること、且つあまり人に知られていないことが、向く仕事?



夢:そこは日記を提出して赤ペンでコメントをもらう間に走るクラスだった。このクラスに入るとどんなものを書いて出す必要があるのかを知るために、勝手に積み上がった他人のノートの中を覗いていたところ、そのクラス担当のマダムオーラをまとう女性教員が現れ、ノートを盗み見する名前も知らない生徒だったからか、刺々しい言葉によってその行為を中止し身の上を説明するよう迫る指導らしいことをしてきた。その間にランニングから帰ってきた土井君の日記を無断で読んだことを本人に気づかれる。説教後、あからさまに嫌な顔をされたので、必死に弁明する。私は毎回ノートを提出する面倒さを嫌って、そのクラスに入るのをやめることにした。



4分はよんぷん



「引きこもり」って単語を、親しみやすさを形成するための道具として安直に持ち出すんじゃねえ



同性異性問わず見た目が小綺麗な人の写真を見るのが嫌なのは、そのたびに自分を否定されるような気が起こるから。YouTubeのサムネイルに顕著で、ほぼ間違いなく加工の工程を経たであろう綺麗な顔をした人間が笑っている、あるいは逆にスカしているのを見ると、それらがフォローされる価値観と同じ世界に生きている現実を見せつけられるようで、単純に生きるモチベーションが下がる。気分は通り魔的な露出狂に出会うそれに近いものがありそう(会ったことがないから不快度合いを比べられないのでありそう)。生きていく自信がなくなるのと同時に、「今どきそんなこと言ってるお前こそ一番ルッキズムから抜け出せてねーじゃねーかよバーカ」って矢が返ってくるからまたぞろ退散、興味なし、という。
これ俺が悪いの?奴らの土俵でしか戦えないじゃんかそれじゃあさ。奴らは見た目第一主義を否定しながら相当に見た目を意識するじゃん。そこですよ、それこそ矛盾してないか、言ってることとやってること。ルッキズム否定をしながら公では自らの見た目の良さを追求するじゃん、それをスタイルにしてフォロワー増やすじゃん、そんで自分たちのスタイルを大勢(メジャー)に仕立てるじゃん。間違いないと言わんばかりの絶対の自信をそのご尊顔全面に湛えて「最低限のマナーです」とか言って。それで「人間見た目ではないよ」ってどの口が言いますのって言いたいですよ。見た目でも飯食ってる口なんだからさあなた、っていう。どういう基準で線引いてんのよ、「見た目を意識する」意識と「意識しない」意識との境界線を。
かわいい人は好きなんだけど、このアンビバレンスは何だろう、どうすればいいんだろう。
あるときアシダカグモを検索して、並ぶ写真に落ち着く気持ちを取り戻したのを自覚したときに、改めて以上を思った。
追伸
正直、画像加工の有無に関わらず、見た目が整った人間を切り取った絵を見るのが苦しい。つまりは、外見のポテンシャルが良い人間であれば、化粧してライトを当てただけの無修正の写真(加工過程を経ない写真)でも、御多分に洩れずキツいということ。



同期という一つの関係性は特別なものである。芸人を生業としている以上、括ってみんな仲間だとは思っているが、同期という繋がりだけはそれぞれの期ではどうしても介入できない不思議な線引きがある時もあるのだ。これはおそらく芸人だけに言えることではないのだろう。byオズワルド伊藤(彼のnoteより引用)



お笑い芸人は今や社会性を帯びた職業に
所謂高学歴化や上流階級家庭出身が垣間見えることから



鈴木もぐらも岡野陽一も、博打うちの借金芸人と言いながら、一定量その喋りを聞くと、学がありげなワードや落ち着いた声色での発言を聞き取れる。彼らはあくまでもタレントとしてバランスを取っている。あくまでもクズキャラ。



勝たんってどっかの方言かと思ったら、どうやらそうじゃなくて、優勝とかの類いのネットスラングらしい



外に潜む漢字を探そう(活字を探すのではなく、町にある物体の形や壁の模様などから漢字を抽出してみよう)



陰の快適さ



夢:アルピー、ナイツ、(あと忘れた)ら中堅〜若手芸人らと机を囲んで飯。アルコアンドピースの呼び方がアルピーかアルコかで二分されるが、アルコ呼びは酒井だけしか被ってない一方、アルピー呼びは酒井と平子両方かかっている点でアルピーのが正しいだろう、と今更アルコアンドピースの呼称について考え直す脳内。



アインシュタイン稲田のアメトーーク!でのエピソードトークが丁寧な印象。スッと前振りや前提情報を据え置くところに。文字に起こしたものを読むように流暢に喋る。パッケージになって聞きやすかった。仕上げるんだろうな、職人やな、と感銘を受けた。



タイトル「ハメ撮り、」のエロ動画が良い。読点に、素人が無検閲で撮って出ししてるように見えるから。読点が味噌。


料理メモ

銀の匙巻末
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チヂミについて
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天津飯(焼いた玉子の上にあんかけがかかったもの。ご飯の上に乗せて食べる。)の玉子は、フライパンににざーっと広げたら、熱が入る外側から真ん中へ向けて卵を寄せて高さを出す。そうするとふわっとする食感の玉子に近づく。

ナポリタンについて
ケチャップをケチらず使う
玉ねぎやピーマン(人参、ハム、ブロッコリー、きのこ類等)を細切りし、先に炒める。これら具材はコンソメやケチャップで味付け。ケチャップの酸味を飛ばす。茹でたパスタは水を完全に切らずにちょっと水分を含んだ状態で、予め炒めて味付けした具材と合わせる。塩胡椒と中華の素、足りなければケチャップを追加して味付け。完成。

お粥やおじやの味付けには、東丸(ヒガシマル)のうどん用の粉末と本だしを適量と溶き卵でOK。最後のトッピングに鰹節と三つ葉があれば完璧。

西京漬について
京都老舗が教える西京漬けの上手な焼き方 by 京都一の傳 【クックパッド】 簡単おいしいみんなのレシピが348万品

春巻きについて
春巻きの皮10枚
鶏胸肉1個orささみ肉を細切り
大葉10枚(やや存在感が足りなかった)
梅の果肉3個分
ネギを細切りしてごま油と塩で和える(1.5本分で十分量)
小麦粉を水で溶いて、最後皮を閉じる際の糊の代わりに。

ひじきの作り方
乾燥ひじきをボウルに張った水に出す。人参適量と油揚げを細切りに。10分程経ったら網に出して、水で洗う。フライパンで人参を油で炒め、火が通ったらひじきと油揚げ・大豆などその他の具を入れて一緒に炒める。全体に火が通れば味醂・麺つゆ・すき焼きの素を適量入れて味見。良さげなら蓋をして弱火にかける。蓋が汗をかいてきたくらいで大体完成。



(敬称略)



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