ひまじんのいまじん(仮)

息抜きに呟いています。テーマが一貫していません。加筆修正ばかりします。

今週思ったこと

(2019/10/29更新)

お釣りの小銭で平成27年度以降の刻印が増える
時間が流れている



仇敵は外見が似る by菊地成孔



都合のいい言葉、成長



正論を言うことしかできない弱さ
ここぞという場面で正論しか言えないのは正論の強度をむしろ弱める



また毒食ったを繰り返す/連呼するサビ



即位礼正殿の儀に際して
伝統(行事)の無意味なことの意義を感じる。平和、何も起きないことから生じる絶対的な安心感。like小学生時代のクリスマスor三が日。
無意味であることとつまらないことの狭間
あらゆることが無意味さを抱えるなかで、それがいかに継続できるかを決める重要な要素の一つに面白い/つまらないの基準がある。あるいは美/醜、またあるいは正/邪。
要はすべて、運営者(大概が人間)に価値があると'みなされるか否か'にかかる。すべてが流行のなかで存在し続けるためにいかにみなされ続けられるかにかかっている。それは公に限ったことではなく、暗黙のうちに静かに続くことでも同じ。継続は一つの価値。だからこそその価値をめぐって衝突がよく起きるのだが、愚かなことに人間は。そういうときは衝突を回避する別の方法を探したい。あくまで一つの価値であることを忘れないでおきたい。



メッセージテーマ「最高の組み合わせ」・チーズピザに蜂蜜!・イケメンに白T!・網タイツとピンヒール!〜(FMヨコハマ『YOKOHAMA RADIO APARTMENT「to the Ocean」』番組説明欄より)
最高の組み合わせ!イケメンに白T!などと叫ばれると、たちまち白Tは着られなくなる
暗に認めていたもの(特に暗黙の共有知)を言語化して明るみに出すと、本来的なそのものの価値というか、認めるための最も重要だった要素・レア度みたいなものが逓減するような。
明るみにしたことで皆に知れ渡る、つまり個人の選択権を冒しプログラミングすることで、ナチュラルボーンは蹂躙される。白Tのイケメンは消滅し、イケメンだから白Tを着る人(ex.商用で白Tを着させられるモデルや芸能人)が代わりに現れる、誕生する。白Tは道具ーイケメンというメッセージを伝える道具に変わる、「最高の組み合わせたるイケメンに白T」というメッセージが忘れられるまで。アーカイブ文化全盛では中々忘れさせてくれない。リベンチポルノの証拠写真はいつまでも消えない。ルールや認識が変わらない限り、失敗は失敗のままで失敗し続け、勝者は生涯を終えるまで勝ち続け。いや、子孫曽孫まで継ぎ足し2で引き継がれていく悪夢。話変わってるん
言葉にすると(必ず何かに対する)排除の理が働く。言葉は定義する。意味を囲う。



ネスレキットカットの外装パッケージが紙。ビニールに慣れすぎているから逆に質感が良く感じる。社会貢献的態度をみずから押し出すさまが外装にプリントされた文章に明らかだったのがとても野暮だったが、◯。



ブラインド時間読み、気持ち早めでぴったり。おのれの時間の流れが遅いことの証左に。



壇蜜のショートヘアがとても良い印象で、ショートカット好きを確信する(ロングヘアが嫌いなわけではない)



大相撲の呼び出しの最高位である立(たて)呼び出しの拓郎(63)=春日野部屋=が後輩の呼び出しに暴力を振るった問題で〜
初見では少し戸惑う、普通名詞と固有名詞(役職名)が被る文が面白い。小説の仕掛けとかで使えそう(勘)。



ローランド氏のお仕事に始めて接触。サッカーJリーグルヴァン杯決勝の放映の副音声、フジテレビ。結論、既に芸能人ナイズドが完了しているようで拍子抜けする。その声色の明るさ、口数、元サッカー選手だというメッセージを暗に伝えるに足る適当な知識を織り交ぜる言葉選び。それらの要素に、求められるものを過不足なく且つ惜しげなく提供するスタンスがうかがえた。いかにも'お仕事'な副音声を聞いて、噂に聞いたオラオラあるいは音声仕事ならたとえば無口を貫くような、とにかく尖る姿を描いた想像は完全に裏切られ、率直に能力が高い仕事人のイメージに変わった。



NHKBSか何かのチャンネルにて、駅に造られた小便小僧像の着せ替えをする活動家の仕事(趣味?)を観る。あじさい(表記が平仮名かどうかは定かでない)という団体だった。おばあちゃんが着せ替え服を手製でこしらえて小僧に着せるさまが映る。途中昔の駅前で着せ替える女性の写真が挟まれる、着物を着た。結構歴史があるんだな。その文化的活動にどこかhiphopぽさを覚えた。



なぜIT大手はスポーツによく参入するんだろう。繁栄する青写真に、スポーツエンターテインメントはマストなんだろうか。首謀者みんながスポーツ好きとは思えない。バブルの表れ?



Jリーグ神戸のグレー×白の縞々ユニフォームがかっこいい



NHK講談大会にて神田松之丞の講座を観る、もちTVで。途中いいタイミングでメタ視点が挟まれるのが軽妙で、なるほど面白かった。馬鹿力の、ドライブした時の脱線とシンクロ(おのれの少ない経験由来の知識から想起される)。ただ馬鹿力と違って彼のは技術的な脱線といった風。重ねてただし、講談という芸能の仕様上、加えてTV用に時間制限が事前に設けられたそれだったことを踏まえると、意図的にメインとサブを入れ替えるが最適だと言うほかない、と思う。ただの思ったことまたは率直というだけの駄感想、ご容赦。何に謙っているのか。させていただくと同罪じゃん。怒られる。ま〜たやってるやっちゃうかくれんぼin脳内
素人で聞きなれず、講談独特の口調やフロウ、特に畳み掛ける場面でうまく言葉を聞き取れない・理解できない瞬間があるなか、時折メタ視点によって現代(現在)に戻って来る、それも聞き手の視点を汲んだ今様のツッコミに乗って帰ってくるから、安心する。安心して笑える。この揺らぎ、往復だ。いい時間差で往復する昔と今、語りとメタ、メインとサブ、付随して入れ替わる言葉・語気の違い。よくいう対比、緊張と緩和みたいな。これが多分魅力の一つ、少なくとも彼の講談の。私はそれが面白かった、だから魅力と書く。そうとしかいえない。すぎるぞいい加減!
p.s.目を瞑って聞くと言葉が入ってきやすい癖を発見。癖でもないかよくある話か



HADOというスポーツを知る。ARVR技術を用いたドッヂボールみたいなもの。



ねぎま」より「葱鮪」表記の方がいいね



「きっかけ」ってすごい言うな、俺ら
きっかけだけじゃ実は足りねえんじゃね



(敬称略)