ひまじんのいまじん(仮)

息抜きに呟いています。テーマが一貫していません。加筆修正ばかりします。

今週思ったことなど

きゃんさんより袴田さんのが聞きやすくはある事実



都合よく愛想笑い、都合よく吠える
つまりファッション



ペイペイドームってアダモちゃんかよ



ラジオのはしごが毒なのはベッドの上だから



他人に本気でキレたことがなかった



御手洗冨士夫さんって漫画の金持ちキャラ名



2020/02/04、妹の計らいで銚子丸へ、3人で。彼女はよく寿司を食い、妹と身の上話をよくした。隣で聞いて辟易する程とてもよく喋った。その溌剌ぶりは素直に嬉しかった。傍から見る限りでは、まるで夢の中のように健康体を享受する彼女がそこにいた。数日前から始まっている今現在継続中のこの期間は、どうやら神が彼女と彼女の周辺の人物達に与える最後の至福の時間ようだ。間違いない。ただショックの差分が恐ろしいのは変わらず、常に無敵状態の終わりは意識する。ありがとう。頭がぼーっとするのも、将来が真っ暗なのも、3日坊主にすらなれないことを始めとする、ここによく書く諸々の理由からくる自己嫌悪も、今はこの感謝の気持ちの強度には及ばない。オーバーレイして/ラッピングして/
急に他人を自宅に招き入れることになったときに、その辺の散らかりを突貫で隠すために上からかける布の覆いのように、今、神への感謝の気持ちがそれら取るに足らない下等な負の感情を聖母のごとく優しく覆い隠している。



映画監督にとっての商業的なヒットって、それ以降も撮影を続けるためにあるって見方があるな。その金って、とりあえずこの後もまたヒットする可能性のある映画を撮りますよの証明になるだけって考えると、なんかそっけない。思ったより金やヒットや人気ってそれ自体に揺るがぬ絶対的な価値みたいなのがありそうだけど、場合によってはそんなことないっていう。



幸福の例①
日曜の昼下がり。胡座をかいている。銀のスプーンの持ち手の最端を利き手の人差し指と親指で挟んで持って、スプーン全体の重さを感じながら、楕円形の平皿に盛られた出来立ての手作り炒飯を、下からすくって食べる。その時間を送ることを自他から認められた状態で(つまり適切に仕事をして金を稼いで社会性を帯びた人間であることを少なくとも周り10人の他人に認められ、束の間の休みをスローに過ごすのを許された状態で)(←つまりこの承認欲求の解消が精神安定と健康に直接的に繋がっている。お墨付きがないと生きられない柔な性格)。



どうして俺は、どんなものも確かではない・確かなものなんてここにあることくらいしかないのに、目の前のお墨付きがないと動けず、また心を落ち着けられず精神が安定しないんだろう。そのお墨付きなんていつ簡単に吹き飛ぶかわからないものなのに。頭ではわかっているのに、体が理解を示して動こうとしない。なぜだ



2020/02/04放送のマツコの知らない世界。美しい床の世界に親近感が湧く。



浅草さんからタレントやセンスを抜いたただの小心者に、あの白いカーテンと汚れた窓越しにみるおそらく青を、快晴の空として胸いっぱいに供給/享受できる日はくるのか、来て欲しい、いや来い、否手繰り寄せるものなんだろうなぁ……



恥ずかしいと嫌
友だちと初めて風呂に入るときの抵抗感と、友だちや仲間と合宿や旅行、遠足に行くときの抵抗感。前者は「恥ずかしい」と呼ぶのが最適な感情で、一方後者は「嫌」が相応しい形容だ。前者と後者の違いは、風呂は一場面であるのに対し、合宿や旅行はシークエンス(一連)であること。また風呂の恥ずかしさは慣れるだろうことが予め想像できるのに対し、合宿や旅行は慣れる見込みが立たないことが挙げられる。
一場面と一連の違いは、つまり時間の長さである。他人と一緒に風呂に入る恥ずかしさは、要するに他人に素っ裸を見せることが心的負荷になるということだが、これは風呂を出て服を着れば解消する。つまり時間にして一時的なものに過ぎず、また他人に見られる恥ずかしさは、入浴回数を重ねることでその他人が自分の裸を見慣れることが確信的に想定できるため、時間の経過とともに逓減するだろうことがわかる。対して合宿や旅行は、時間的幅が風呂に比べて圧倒的に長い。時間が長いと、当然心的負荷は大きくなり、また回をこなす廻り(1回のローテーション)が遅くなるので、必然的に恥ずかしい以上に苦しい「嫌」という感情になる。こうした理由が、慣れが訪れる前に行為を遠ざけてしまう結果に繋がり、嫌な合宿や旅行は嫌いなままとなる。
時間の長さの違いで恥ずかしいとも嫌とも言えて、主観を支配してしまう。



今のTVの流行りはハレとケでいうならケの性質の番組
散歩しかりグルメしかり



得しなかったことを損したっていうのは早まりすぎ



墓に入るなら母と同じの所、そうでなければ散骨で、という考え(2020/02/06現在)



昨日2020/02/05は、市販の菓子や甘味、糖質全般(特にサツマイモ)の食べ過ぎによって、胃と喉の下(両鎖骨の間の真上あたり)が苦しくなった、つまりBing検索の上から3,4ページ目を参照して導いた逆流性食道炎を患ったという仮説から、食事を控える。彼手製の鶏肉と人参大根玉ねぎのみじん切りが具に入ったコンソメスープを夜9時前にいただく。チョコレートに手を出しそうになったが、身体的には勿論、精神的にもこの行為によってまたひとつ一線を越えるような気がして恐ろしくて、思い留まる。(つまり忍耐力・おのれをコントロールする力・社会で生きる一個人の人生を成り立たせる箍のようなものの一部分が、完全に腐食して戻ってこなくなるのではないかとの懸念が脳裏をよぎった。それが空恐ろしかった。)これによってベッドの上の時間が増える。ジャンクに食べることがストレスの捌け口になっていた。明けた今日、菓子を食わずにやり過ごす自信がない。16:09現在はまだ思い留まっている。
24:22記す。耐えられなかった。カントリーマアム20袋を一気に暴食。これだ。



自分の騎手になりたい気持ちがそのまま体重に表れると思う
そこはしっかり自制し 食べ過ぎないようにby原優介



スポーツ報知のネット記事の結びの文が気に食わなかった。字数や時間の制限はあろうがhttps://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200206-02060081-sph-spo
(第一線で競技を続けるか、辞めるか。すべては吉田の決断が尊重される。)そのことを承知の上で言わせてもらうならば、マラソンランナー吉田祐也をまた取材したいと思う。

その上で、今回取材の名目で同行した一個人としては、マラソンランナー吉田が活躍する姿を再び見たい。願わくばそのとき、もう一度彼のもとへ出向ければ幸いだ。



非ウェイ・引きこもりが参画しやすいスポーツ
スポーツ業界は選手の太い腕っ節(比喩。性別嗜好問わず。)に引っぱられて、全体が腕っ節太い人間が多い。そういった人しか許容しない雰囲気。求むラジオリスナーと親和的なスポーツの受け入れられ方求む。



何が本物何が偽物
馬鹿力カルタの一節にて、アイドルの趣味話が作り話で冷めるということを聞いて。
待って、本物か偽物かの基準で評価する私らも曖昧というか、ふわふわしてる感じ。それ自体歪んでるんじゃ?だって本物か偽物かが本当に対象が好きか嫌いかで決まるとしても、俺らって本当に好きそうでも言葉とか話の面白さとか、それ以前の有名か否かで聞くか聞かないか決めるじゃん。つまり対象をそんなに好きではなくても口先が上手ければ全然聞けるじゃん、だから好きか嫌いかで本物か偽物かが決まってそれが重要な評価基準っていって偉そうな顔する大衆たる我々も、嘘ついて趣味勉強するアイドルと同じ罪深さなんじゃね?



明日死ぬとしたらをどうしても本気で考えられないのが中の中〜下の現代人(私)の悪いところ



イチローの背番号51番って、毎度限界のもうちょっとを頑張るっていう意識、フィフティフィフティ(50)の場面でなんとか+1に傾くように、フィフティフィフティでもちょっとプラスの51を毎場面積み重ねられるようにっていうを表してんのかもと閃く



宿主くしゅくしゅ、ぺ



知らないままにすることが多い
金のこと経済系のジャンルのことが多い



馬鹿力にてベボベの新曲?。僕らはいつも試される試されるって、ただの自意識じゃん!無垢を煽るな!狭えよ!つって、実際に活字で歌詞一読したら、一理あったという。ぐぬぬともならないスムースな前言撤回。昨日映像研第4集まで読んで気が大きくなった始末。やっぱ耳悪いや、聞き取り大の苦手、さすがセンターリスニング18点(くらいだった気が)。落ち着いた字で読むのは理知的な判断を助ける、explicit私にとっては。
https://sp.uta-net.com/song/262307/



なぜかビスコの味が舌の上で再生されて、食べたくなる。要するに何が言いたいかというと、赤が基調のジャケットのプレーンビスコを食べたいという欲求



味食べたい:味を食べたい→味わいたい→食べたい。つまり食べたい。



金を払う側が払うときに候補の中から支払い額の割り当てを決められるサービス。個人主義。誰に払いたいか決める権利の行使の実現



菓子を貪る以外何もする気がしない。何もできる気がしない。
将来よ。



図書館で種々雑多な、ありとあらゆるジャンルの本雑誌漫画絵本小説ライトノベル図鑑学術的文章自己啓発書参考書他なんでも借りてみる。まだ見ぬ惹かれる、あるいは俺にも書けそうな文章のあり方を探す。



家で作った惣菜をスーパーに卸す小金稼ぎ。スーパーに買いに行くついでに家で作りすぎちゃったりしたのを売りに出す。バイト
生産者は匿名で、店で住所氏名を登録する。



皆んな物語大好き



定型文「結局、◯◯」の◯◯に、共感できないワードが入ったときのアレ感と発言者の気の強さを思う
例)中居正広 「結局壁に向かってガスト」



中居くんが自ら押し出す大衆性をまだ信じきれずに臭ってしまう。ファッション世俗だろ、それタレント仕事込みだろっつって。先日の馬鹿力の話と矛盾する行為。天邪鬼。



2月の日曜午後の理想の一つに、片足だけ靴下を脱いで過ごせるというのがある。もちろん私が心置きなく居られる空間が必要。



イデアさえあれば誰でも家にこもりながら起業ができるor相当の金になるサービス



(敬称略)