ひまじんのいまじん(仮)

息抜きに呟いています。テーマが一貫していません。加筆修正ばかりします。

(1,818字)傷心 #とは

しょう‐しん〔シヤウ‐〕【傷心】

[名](スル)

中二の頃、初めて好きになったクラスの子のアドレスをgetした。経緯は忘れた。

「毎日はくどいから」というアドバイスを前略で知り合った子からもらったので、毎日メールするのはなんとか我慢した。恥ずかしいから学校の中じゃ間違っても声は掛けられない。でも、居ても立っても居られないからメールで会話をする。居ても立っても居られないから帰り道を先回りしてわざとすれ違うふりをしてそれをネタに会話する。メールで。気がついたら一日置きにメールを打っていた。


こう、一人追っかけをしていたある日。
朝、いつも通り登校して教室に入ると、どこからともなく何かを罵る声(スラング調)が聞こえてきた。男女問わず誰かしらの騒ぎ声のキャッキャしたやつが始まっているのは日常茶飯事。相変わらずの様子をまぁ気にするわけもなく、いつものように自席に向かった。


すると、だんだん雑音がはっきり聞こえだした。一歩一歩踏み出していくにつれ、耳に入る音は大きくなり音質はクリアになる。いつもと違う。
このぐらいから、あのときのざわざわが、ほら、映像とともに昨日のことのように思い出されてたまらない。さして出来事に深い思い入れがない、少なくともその覚えのない不感症な個人がこんなにも鮮明なフラッシュバックを認めるんだから、トラウマや精神病の類いの、症状が目に見えない傷・病は確かにあるんだと実感する。👻


っと9年後の自分が時系列の矢じるしの先から振り返ってることだけをいいことに偉ぶっても、フラッシュバックする画のなかでは、歩けば歩くほど純度を上げるクリアな音が、超指向性スピーカーよろしく個人の耳にダイレクトに届くという不思議をかき消すことはできなくて。(事実、当時の自分が歩きながら覚えた「何だろうな〜」って感覚を認識の端っこにそっと追いやっておいたくだりは今も改訂されないところで)


そうして入口から一番奥・窓側の列の後ろから2番目(だったと思う)の自席にたどり着きバッグを机に置いた。ふぅ、と落ち着きかけたそのとき。急に、そう、このタイミングで、カラーボールを当てられた泥棒。の気持ち。


雑音は全部、思いっきり私への言葉だった(なぜ客観的事実と認識が噛み合ったのがこの瞬間だったのかは、いまだに理屈づけられずじまいでいる)。


そしてその一寸あとに続いて、降ってくる言葉の一つ一つが罵りのそれだということを聞き取り、思い出し、そうだ!とまたしてもその瞬間(これは明らかにこの瞬間でなければならない)、自分が自分だけのための精密機器として起動した。この精密機器が良くも悪くもうまく動き続けているから今こうしていられるみたいなところがある。


兎に角、周りに同胞を(身体と意識の両面で)したがえた彼女の口から、クラス全体に聞こえるようなデカイ声で、あからさまに私の彼女への追っかけ行為が、罵倒する悪事の正当性を噛みしめるいかにもな言葉で、糾弾された。

「気持ち悪りいんだよ。くんじゃねぇよ。ダセェな。きったねえ死ねよ〜笑い(黄色)」

多分そんな感じ。今までの違和感は綺麗に払拭され、そこに汚泥・生ゴミ放射性廃棄物・死んだ鳥の死骸などの、この世でゴミと呼ばれる色々がぶつぶつ降ってきた。夢見心地だった。


純粋だと思っていた好意が相手には不快だったことに初めて気づいた。だってメールではちゃんと楽しく会話できてたから。何せ初めて、他人に露骨に嫌われた態度を示された。当時は、今もそうだが、あまり態度や意見を表に出さない言ってしまえば内向的で無口な人間だった。恋愛の話がまわりで始まれば、「あぁ〜そうだよね〜」的な立ち回りをする奴として認知されていたし、自認もしていた。それが自分だった。そんな自分のプライベートが公にバラされた。大々的に。衝撃だった。初めてが当時曲がりなりにも好きだった人。踏みにじられたと思った。今でも忘れない。胸ぐらでも掴んでやりたい気は、、大人気ないが、なくはない。


その後、似たような境遇にあった相手と互いの傷を癒しながらお付き合いするといったドラマを、どうして妄想し続けることができないだろうか。


つまり、自由恋愛を司るハートの核心の部分に、彫刻刀の長くて鋭いやつを赤ちゃんがスプーンを持つときのテンプレな持ち方でグっと突き刺して、深くまで押して、テコの原理を使ってグリッとえぐり取ったあとに残るようなもの。またはえぐられて痛むようなこと。

にほんブログ村 その他日記ブログ ひとりごとへ
にほんブログ村

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村