ひまじんのいまじん(仮)

息抜きに呟いています。テーマが一貫していません。

私事 (落書き)

※文章構造や構文、言葉、ひいては内容自体が完全に落書きのそれと化しております。本文では何も言っておりません。ご了承ください。

 

 

 

 

私とは何なのだろうか

 

渦巻き反芻し堂々めぐる私の私への思慮

将来が不安だ

 

 

私になにができる

なにができる、なにが得意だ

なにに向くのか

 

私らしさとは?

 

自分か?金か?地位か?仲間か?家族か?仕事か?なんだろう?お前だれだ?

 

 

 

何故だろう

多分見えないからだ

縋れないからだ

何にも無いからだ

 

「何にも無いってこと、そりゃあ何でもありってこと」

だからこそ、私のような極めて保守的で内向的で人間らしさをすり減らした模像22歳は迷うのだと思う

 

 

 

本当に行き当たりばったりな性格だ

 

極めて即時的なものの見方を、わかっていても選択するそんな人間だ

(観てないけどひるね姫みたいなのだろう?)

 

にも関わらず目の前に決まりきったものがなく、裁量が少しでも与えられると、急に即時的な判断に困って心配になって右往左往するんだ

 

 

 

計算嫌いで心配性。

 

中途半端だな〜

 

模像なら模像らしく、何も疑うことなんてなくさ、"私とは"なんてかっこつけないでさ、飛び込めばいいのに

 

どっちかに振れていてほしかったもんだ

 

 

 

どこか表現活動に憧れている

理由は、

1自己防衛、傷つけられたくない

自分が自分であることを誇る。ただそれだけ。

かっこつけてるだけだと言われれば何も言い返せない、そんな心的状況でありながら、未だにこんなこと本気で思ってる。

 

2

3

思いつかない。全部自己防衛に収斂する。甘いのか。面接がクソな虚構だとかスーツが嫌いだとか、アートにただ羨望の眼差しを向けてしまうとか、自由に近いとか、かっこいいとか、真になんでもありとか、金家結婚しらねぇとか、時代の潮流を鑑みてコンテンツになることの優位性を感じるとか

 

自由に近いってなんだよ、んなことはねえだろうよ金いるだろうよ

 

いやー中2、いや、厨二だな、22の社会人前にこりゃまずい。

いつも思う。随分と遅くきた厨二病だことと。

厨二は中2で体験するものだよつくづくね感じるところだよ

 

 

 

飛び込みたいにも関わらず無数にある表現方法を把握し知覚し理解し、選び取るという努力をまったく無視する。怠る。そんなことを横柄にのたまう。未就学児の並べるような理由で。

無責任極まりないな

 

ただ自分大好きな人間の私の、最大限の自分大好き活動が、所謂表現活動として、あくまで表面的に認識せられているのかもしれないとしか言えないのではないか

 

本当に欲してはいないのだろう

 

これは地獄への入り口か

 

 

それに対する意見は、こうだ。すなわち本当に欲するってなんだと、そんなものいるのかと。

欲してなくてもこなせればいいだろぅ?と。

 

 

 

 

これへの答えは単純だ。たぶんこれでいい。つまり、向き不向きが決めてくれるから、自分の得意不得意の認識を確たるものにしておくれ、とこういうことだ。

 

向き不向きの調査って何?どうやるの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

調査ってなんだよ。どうやるのってお前のことだろうよ。ここで右往左往根性、心配性発動かよ。

 

 

 

多分これ死ぬね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ずーーーーーっとこんなことばっか考えてる

考えてばっかいる考えて

 

 

つーか

これ考えてないでしょ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

言葉ってその、

コミュニケーションの道具として発展してきたものだから、あくまで型なんだよね

 

うれしいたのしいだいすき

は、人間の感情由来じゃなくて、うれしいたのしいだいすきって言葉という鋳型に、その時の感情をコミュニケーションのためになくなくはめ込んで両者の意思疎通を"成立"させているって道理があるわけ

 

上の「人間の感情由来じゃなくて」っていうのは、意思の表明に言葉を媒介させる以上、人間の感情が言葉に先行して表現されることはないって立場をとっている私見で、日々の言葉の運用でしばしば無意識になる言語表現の危うさの確認です

 

勿論、緻密に言葉を選んで構築することで、感情を表す幅は広がるんだけど、美的感覚として無いことの美学があったりだとか「幽玄」みたいな言葉に代表される、あったりなかったりする間にある種の美意識を覚えたりする態度もあるから、まぁ難しいな〜と

 

 

 

 

 

 

急に何を始めたかっていうと、

要はこれを言いたかったんですね。つまり言語表現は、現代を生き抜くうえで重要な整理整頓の手段として使えるっていうことです。

カオスな頭の中の整理整頓はできる。整理整頓して合理的な選択をしようってなるっちゅーことですね

 

 

 

最後に、ただ書いてみてわかることがあって、私はまず手足を動かさないことには本当にどうしようもないことを思索にふけっているとして逃げているんだなということや、整理整頓"は"できるとか、"合理的な選択をしようってなるっちゅーこと"とかの言い方から、真にひねくれ者のクソガキなんだなってことは自覚させられます

 

あくまで重要、とかマジに思っちゃってますからね

 

本当に中途半端だ

 

 

 

感情を言葉でなぞっても何にも答えが出ない

地獄への入り口

 

 

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