ひまじんのいまじん(仮)

息抜きに呟いています。テーマが一貫していません。

この時期、受験に物申す。


おはようございます


寒いっ






え~国立大の二次試験二日目ですねぇ




またここで言っても自己満足になるだけなのですが、




受験生のみなさんが無事、出せる力を出し切って試験が終わるよう祈っております。






個人的に思うことといえば、
国立大にいきたかった感は受験生のころは正直あまり無くて、私立で行きたいとこ行く!
って感じだったんですが、

今思うのはやっぱり、もっと基本的な知識(所謂学校の勉強)の欲しさが今になって出てきて、
つまり、物理的により広く勉強する(基本的に私立大学は3科目受験・国立大学はセンター試験も加味されることから5教科7科目をこなす必要がある)国立大を志望できていればなぁなんて思っているのが正直なところです。




なんでか自分でも分かってないんですが、
どっかに羨ましさみたいなのがありますねぇ




国立大は、本当に優秀な人が多くいそうなイメージ。


多分、日本の最高学府といわれる東京大学が立派な国立大学だから、そういうイメージに引っぱられてるみたいなとこありますね。













この時期はやっぱり合格、不合格のsevereな線引きがあって
どうしても当事者や、その周りにいる家族が神経質になりがちだと思うんですよね


それは当たり前で仕方ないです。



でも、受験なんてのは長い人生の間のほんの一時期に過ぎなくて、
終わりじゃなくてむしろ新しいスタートって考えた方がより、理にかなってると思います

ありきたりな言葉で、つまんないですけど。





これで人生決まるみたいなのは絶対言い過ぎで。






あのー、
予備校とか、塾とか、学校の先生がそういう風に仰るのは、要するに全て“煽り”ですよ


こういう風に厳しく言っておいて、後がないって思わせた方が絶対ヤバいヤバいって焦るし、


一生懸命になるからこう言うんですよ






自分が受験生の頃には、上に書いたように言われて、そんなことはないと心の何処かで思っていましたが、まぁ敢えて騙されてました










うん、まぁ
つまり言いたい事は、繰り返しになりますが
これで人生全て決まる!
なんてことは絶対ないということです。


というかそもそも受験に落ちることが、なぜ全部悪みたいに思われているのかが謎です。



全部悪なら、世の中の受験失敗した人は全員不幸なのか
ていうか受験とか知らない人は、何なんだってなりますよ





大事なのは、その後の生き方だとおもいます。
使い古された表現で重みもなんもないですけど。



生き方っていうと大袈裟かな。
その後どうするか、どう変わるかだと、自分は考えています。



具体的に、ここに行きたい!ここで学びたい!
と思ってそこに向かって頑張れるのは、ホントにいいことだしそんな人が羨ましいし、尊敬できます。




もしそういう、自分が渇望していたところ、目指していた目標に達しないことがあれば、
純粋に悔しいはずだしそうでなければ本気じゃなかったことになります。




でもそこにたどり着かなくて、目標達成できなくて、
自分はもう何もダメだっていってグレちゃうのは、簡単だけど、非常にもったいない。
絶対その歯がゆさ、苦しさ、空しさがこれ以降の割と長い人生に活きてくるハズだと思うんですよね、自分次第で。




で、後で振り返ったときに、あそこで形として失敗に終わったことが人生のターニングポイントだった、
って言えれば儲けもんだしそれ、全体として成功したって言えません?



だから、簡単にグレちゃうのはおっきく考えると合理的じゃないんですよ






昨日書いた記事で言うところの、
“自分にも親切にしましょ”っていいたいです、気持ち的に辛くなってる人には。






ストイックに考えるところと、いい意味で開き直って楽観的になるところを上手く使って、自分をマネージメントできる人は
生きるのが上手な人なんじゃないかなぁって思います。







ただの一人の意見でしたw




長い!w
















昨日の新三大○○めっちゃおもしろかった~!(n‘∀‘)η

マツコ&有吉の怒り新党』ってバラエティ番組です


坪井の応援歌よかったなー笑






怒り新党オヌヌメです。(ボケ)




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fin.